希望の星 ぶろぐ!

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フィレンツェ路面電車建設



フィレンツェ路面電車建設
大聖堂かすめ大論争 

 景観か、利便性か。
ルネサンス期の街並みを残すイタリアの古都フィレンツェで進行中の路面電車建設計画で、街の象徴の大聖堂わきを通る予定の路線をめぐって住民の意見が割れている。

 街の公共交通はバス頼み。駐車場のない中心部への車の乗り入れも大幅に規制されている。
市は03年に路面電車3路線を決定。最初の路線は建設工事が始まっている。

 論議の的は09年中の稼働をめざす第2の路線。
近代的な車両が15世紀建築が凝縮された一角のだいだい色のドームの大聖堂をかすめる。
「景観を損なう」「振動の建物への影響が心配」といった声が上がる。
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悲しみ訴える被爆マリア像



悲しみ訴える被爆マリア像
平和祈る列に初参加

 被爆から62年を迎えた長崎市で9日夜、爆心地近くにある浦上天主堂から平和公園まで、核廃絶を願う市民ら約2500人がたいまつを持って歩いた。
原爆で崩壊した旧浦上天主堂にあった「被爆マリア像」が聖座に載せられ、その列に初めて加わった。
主催するカトリック長崎大司教区が「マリア像と歩きたい」という信徒の声に応えたという。

 マリア像は、爆心地から約500メートルの場所で崩れ落ちた旧浦上天主堂のがれきの中から、首から上だけの姿で見つかった。
水晶でできていた目は失われ、残ったのはくぼみだけ。
ほおや髪の毛は黒く焼け焦げたままだ。聖座をつくった被爆者の西村勇夫さん(73)は「痛々しい姿のマリア様が『人よ、戦争のおろかさを知れ。平和であれ』と言っているようです」と話した。
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ロシア正教会本山の鐘



ロシア正教会本山の鐘
米国から76年ぶりに返還へ

 ロシア正教会の本山、モスクワのダニーロフ修道院からソ連の反宗教政策のあおりで米国に渡り、1931年からハーバード大学の鐘楼で鳴り続けてきた18個の鐘が、9月から1年がかりで返還される。
その代わりに同大学へ贈る18個の鐘の清め式が24日、同修道院で開かれた。

 式では、アレクシー2世総主教が、モスクワ南方のボロネジ州の工房でできた複製品の鐘をつき、「聖物の帰還は喜ばしい。複製品の音も本物に劣らない」と話した。

 ソ連政府は30年に同修道院を閉鎖。古いものは17世紀の日付があり、大きなもので13トンあるこれらの鐘は、くず青銅の値段で米国の実業家が買って同大学に寄贈した。
83年に修道院が再開されると、すぐに鐘の返還を米国側に要請。
今年3月に精巧な複製品を渡す条件で返還が決まった。
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サン・フランチェスコ聖堂下堂



サン・フランチェスコ聖堂下堂
アッシジ
サン・マルティーノ礼拝堂

『礼拝堂の献堂』
330×700cm
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「聖母子」 



「聖母子」 
   1320年頃

シモーネ・マルティーニ 
   Simone Martini
       (1284〜1344年)
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シモーネ・マルティーニ



シモーネ・マルティーニ
Simone Martini(1284〜1344年)

 シエナで生まれ、ドゥッチョの工房で修行する。
1315年にはシエナ市庁舎に「荘厳の聖母」を制作。
その後アッシジのサン・フランチェスコ聖堂下堂で「聖マルティヌス伝」を制作。1324年画家リッポ・メンミの姉ジョヴァンナと結婚。
シエナで制作活動を続ける。
1336年アヴィニョンに招聘されノートルダム・デ・ドム大聖堂の装飾壁画を描く。1344年アヴィニョンでその生涯を終わる。

『受胎告知』1333年 フィレンツェ ウフィッツィ美術館

 いくらシエナ、アッシジ中心と言っても、この『受胎告知』は一番に上げておきたいです。
それにcohohが実際に見ることが出来た唯一のMartiniですから・・。
 シエナ大聖堂の聖アンサヌス礼拝堂の祭壇がとして、1333年シモーネの義兄(弟?)リッポ・メンミと共同で制作した。
どの部分がメンミか諸説あって定かではないが、すばらしい作品ですので、あまり気にしないでおきましょう。
 大天使ガブリエルの口からマリアに向かって「恵まれた女よ、おめでとう、主があなたとともにおられます」と言う文字が金の背景に浮かびあがっています。
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「ヘロデ王の墓」見つかる 



「ヘロデ王の墓」見つかる 
ヘブライ大学発表

 イスラエルのヘブライ大学考古学研究所は8日、生誕直後のイエス・キリストを殺そうとしたことや、世界遺産に登録されているマサダ要塞(ようさい)などの巨大な建設事業で知られるローマ時代のユダヤ王ヘロデ(紀元前74〜同4年)の墓が見つかった、と発表した。

 発見者のエフド・ネツェル教授によると、墓はエルサレムの南15キロ、ベツレヘムを越えたところにある山に造ったヘロデの要塞兼宮殿ヘロディオンの地中にあり、72年から発掘してきた。

 ヘロデの埋葬場所は、ローマ時代の歴史記録などからヘロディオンにあるとの見方は根強かった。
だが、墓が見つからず、ユダヤ史の謎の一つとされていた。

 ネツェル教授は、約350メートルにわたる墓への階段や、王とみられる高位の人物の石棺の外側を覆っていた装飾細工の一部が見つかったとし、「ヘロデ王の墓と断定した」と述べた。
ただ、石棺はローマの支配に抵抗したユダヤ人に破壊されたと見られ、骨が残っている可能性は低いという。

 紀元前にベツレヘムで生まれたとされるキリストの生誕を聞いたヘロデは、新約聖書のマタイ福音書によると、ユダヤ王の座を奪われることを恐れて2歳以下の男児をすべて殺させたという。
キリストは親に連れられて逃げ、無事だった。
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サン・ドメニコ聖堂「聖母マリア」



サン・ドメニコ聖堂「聖母マリア」
チマブーエ
アレッチオ

バチカン市国
2002年6月26日発行
マチブーエ没後700年
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サン・ドメニコ聖堂「キリスト」



サン・ドメニコ聖堂「キリスト」
チマブーエ
アレッチオ

バチカン市国
2002年6月26日発行
マチブーエ没後700年
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ローマ法王が復活祭メッセージ



ローマ法王が復活祭メッセージ

 サンピエトロ寺院で復活祭のメッセージを発表するローマ法王ベネディクト16世。
「自然災害と暴力による人々の悲劇」に憂慮の念を表明する一方、信仰はより良い将来への希望をもたらすと訴えた。
(バチカン市)
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