聖徳太子
574(敏達3)年、父、用明天皇、母、穴穂部間人皇后の皇子(厩戸皇子)として生誕しました。
用明天皇の母・堅塩媛、穴穂部間人皇后の母・小姉君は、ともに蘇我稲目の娘で、蘇我馬子とは兄妹でした。
また、妃の一人、刀自古郎女は、蘇我馬子の娘でした。
593年、推古天皇が即位し、甥の厩戸皇子を皇太子に立て(聖徳太子)、摂政 に任じ、国政を委ねましが、事実上は、太子と馬子との共同執政といわれます。
601(推古9)年には、聖徳太子は斑鳩宮を造営し、政治の基調に仏教を採用し、文化の向上と仏教の興隆を目指し、
冠位十二階 や憲法十七条の制定
遣隋使 ・小野妹子を派遣、国書を煬帝に奉呈
天皇記、国記 の記録
勝鬘経義疏、維摩経義疏、法華経義疏の撰
などを行いました。
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