紀貫之
(きのつらゆき)
貞観一二?〜天慶八/九(870?‐945/946) 平安中期の官人、歌人。
望行の子。
延喜初年(901‐)ころ御書所預、同六年越前権少掾、同七年内膳典膳、同一○年少内記、同一三年大内記、同一七年従五位下加賀介、延長元年(923)大監物、同七年右京亮、同八年土佐守、天慶三年玄蕃頭、同六年従五位上、同八年木工権頭。
「寛平御時后宮歌合」(寛平五年〔893〕以前)など多数の歌合に加わり、延喜五年『古今集』の撰者を命ぜられ、その和歌論を述べた「仮名序」を作り撰述の中心となる。
多くの屏風歌や算賀の歌を制作。同七年の宇多法皇の大堰川行幸には九題九首の歌と序を奏した。
土佐守在任中に『古今集』の秀歌を抄出した『新撰和歌集』を撰述。
承平四年末〜五年初(934‐935)の土佐からの帰京の時の日記が仮名文の最初の日記『土佐日記』である。
家集『貫之集』があり、『古今集』に102首など勅撰集に452首入集。
三十六歌仙の1人。
(『新潮日本人名辞典』)
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